名もなき反逆者 ロシア 愛国教育の現場で [後編] ”軍事化”する学校

BS世界のドキュメンタリー 名もなき反逆者 ロシア 愛国教育の現場で [後編]
放送日 2026年1月14日
制作 made in copenhagen / Pink Productions (デンマーク/チェコ 2025年)

 

 

後編 ”軍事化”する学校

 2023年4月、反逆罪に関する刑法の改正が行われた。

 テレビニュース「プーチン大統領は国家反逆罪に終身刑を科す法律に署名しました」
 プーチン大統領「外国の諜報機関を取り締まりスパイや破壊活動に対応する」
 ニュース「禁錮25年の判決を受けたのは活動家のウラジーミル・カラムルザ。国家反逆罪や軍の名誉を傷つけたとして有罪に」
 プーチン「祖国への反逆者が存在する。考えてみよ。ある国の市民でありながらその国を裏切る人間がいる。そいつはクズ野郎だ」

 

 人々はパシャのカメラの存在を意識するようになった。「ある時点から警戒されるようになったんです」

 

 アブドゥルマノフ氏「着席してください。正誤を答えなさい。『現代の戦争で効果的な戦術は相手の国内でスパイ活動をすることだ』」
 生徒「正しい」
 アブドゥルマノフ氏「敵は地域社会の人を利用してプロパガンダを広め混乱を起こそうとしています。これは紛れもない事実です。私たちは互いに支え合わねばなりません。なぜなら敵は私たちを分断させることによって内側から崩そうとするからです。だから今一番重要なのは私たちが団結し互いを支え合うことなのです」

 

 パシャ:僕がここの生徒だった頃にはあのような授業は考えられませんでした。当時は学校がオープンで僕のような生徒も自由にものを考えることができました。でももはやここに自由はありません。

 

 登校した生徒一人一人に金属探知機を使うアブドゥルマノフ氏。

 

 さらに新しい制度、「青少年のための全国運動」がスタートする。
 プーチン大統領「初会合に参加されている皆さんにごあいさつ申し上げます。ここモスクワには全国から優秀な子供たちが集まりました。新たに加わった地域の子どもたちもいます」

 

 大統領はソビエト時代の少年団の創設100周年にあたり新組織を発表。共産主義の時代、少年団は若者たちを将来の戦士として育成した。
 この全国的なプロパガンダ組織を復活させようという。

 パシャ:しかし共産主義のためではありません。この運動はプーチン大統領にだけ忠誠を尽くすものです。

 

 子どもたち「愛国者。われらは愛国者のチーム。前進するのみ。勇敢で機敏。勝つために全力を尽くす」

 

 この新たな青少年運動によって、さまざまなタイプのプロパガンダ授業が義務になった。いまや教師の教え方が決められているだけではなく、生徒たちも原稿通りの発言が求められる。

 

 教師「みんな原稿を机の下に隠してください。──ソビエトの”英雄都市”はほかに?」
 生徒「キエフ
 教師「そう、正解です。キエフについて誰か説明して」
 生徒「キエフナチスとの戦争で最初に敵と戦った都市です。ドイツのファシストの攻撃に対して1941年6月6日に軍司令部をキエフに設置。その後72日間にわたるキエフの防衛作戦が始まり1941年9月19日まで続きました」
 生徒「英雄都市の称号を受けました」

 

 パシャ:プーチンの授業は何を教えようとしているのでしょうか。それはロシアにとって最も神聖な日、戦勝記念日を見れば明らかです。ナチスと戦った大祖国戦争で戦死した親族の写真を掲げて行進します。

 司会「ソビエトの兵士たちをたたえて花輪を献上する式典を始めます」
「銅を採掘する大手企業が花輪をささげます」

 

 パシャ:子供たちへのメッセージは明白です。国のために戦い命を捧げるよう求めているのです。

 男性「ナチスと戦った大祖国戦争のときのように団結せねばなりません。こんなに多くの若者たちが参加してくれました。愛国者たちよ、頑張ってください。皆さんのような若者たちが悪を倒し勝利の旗を掲げるのです」

 

 兄が戦地にいるマーシャ。
 パシャ「やあマーシャ、元気にしてた?お兄さんの記事が教室に貼られてうれしい?」
 マーシャ「戦場にいるのよ、うれしくない」
 パシャ「そうだね……」

 

「兵士に手紙を書く」という課題でマーシャは抑圧された感情を吐き出す。
「親愛なる兵隊さんへ。いまお元気ですか?衣食は足りていますか?今の状況はあなただけでなく家族や友達にとっても非常につらいはずです。とにかく家に帰れるようがんばってください。今の状況は私にとってもつらいです。私の兄は戦場にいて、家族はすごく心配しています。2023年2月3日、兄から連絡がありました。空腹じゃない、家族が恋しいと。あなたも心配している人たちに連絡してあげてください」

 

 廊下で兵士の帽子をかぶり行進の練習をさせられる生徒たち。

 

 生徒たちの成績は低下。

 

 パシャ「生徒の成績が下がっているのはたぶんあのデタラメのせいさ。愛国授業だの特別講義だのの準備をしなきゃならない。新たに押し付けられた子どもの運動組織もある」
 同僚教師「そのとおりよ。どうやって全部いっぺんにやれっていうの?」
 パシャ「行けロシア、核兵器万歳、今はそればっかりだ」
 同僚教師「よけいな活動を一切やめて教育に集中したらどうかしら。やってみる?」
「そんなことできる?」
「解雇される」
「校長だってクビになる」
「従うしかない」

 

 プロパガンダに飲み込まれそうだと感じるパシャ。
 ウクライナに対する戦争への支持を示すシンボル「Z」の代わりにXのマークを学校中の窓に貼る。「ウクライナ難民への支持を示したいのです」

 

「パシャ、こういうことはしないで。あなたももっと大人になりなさい。みんな大変なのよ」
「その通り。みんなが大変なんだ」
「ほかの人の意見にも耳を傾けて」
「そうだね。お互いの意見を聞けて良かった」

 

 パシャの政権に対するあからさまな反抗について噂が広がり始める。
パシャ「ロシアではこれがどんな危険をもたらすか見当もつきません」

 

 ある受賞式。地域で生徒たちに最も愛されている教師に賞が授与される。賞品はカラバシュにある新築の豪華なアパート。

 司会「それではみんなの大好きな先生の発表です。受賞者はパベル・アブドゥルマノフ先生。カラバシュの初等中等教育学校の歴史と社会科の先生です。生徒と保護者の皆さんが次のように評価しています。先生は優しく分かりやすくて独創性のある授業を行い生徒に理解があります。そして物事の正しい考え方を教えてくれます」

 

 新しいアパートに移ったアブドゥルマノフ氏(テレビのインタビュー)
「顔には出ていないかもしれませんが感動しています。引き裂いてやりたいほど嫌われていると思っていましたが、愛されていたんですね」

 

 パシャ:僕は自分の無力さを感じています。
 今日は傭兵たちが授業をするのです。教えるのは民間軍事会社ワグネルの隊員です。

「これは花びら地雷と呼ばれ飛行機などで上空から撒きます。野原や開けた場所でも気づきにくい地雷です。まして森や草むらでは見分けることが困難です。この地雷を見たら避けて通ること。絶対に近寄ったり触れたりしないこと。中に液体が入っていて触ると液体が漏れて爆発します。一瞬で脚が吹き飛ばされます」
「なにより覚えてほしいのは、銃撃戦に巻き込まれたらヘルメットのストラップを閉めすぎないこと。弾などが当たった衝撃で首が折れます」

 

 こわばった表情で聞く生徒たち。
 話のあと自由に装備にさわり身に着けてみる男子生徒。
 銃を持ったり防弾チョッキを着けワグネル隊員を囲み集合写真。

 

 行進の練習、射撃演習。手投げ弾の投げ競争で上位になりうれしげな生徒。

 

 プーチン大統領(テレビにて)
「今ほど教師が求められている時代はありません。国が危機を迎えているとき教師は重要な役割を果たします。戦争を勝利に導くのは指揮官ではなく教師です」

 

 軍関係者 学校で生徒たちに
ナチスとの戦争で使われた武器を見てみよう。これは当時の軽機関銃。別の銃と共通の弾薬を使い75発撃てた。」

 パシャのむけるカメラのレンズに向かって銃口を向けスコープをのぞく男子小学生。沈鬱な面持ちでそれを撮影するパシャ。

 

 母に花をもっていくパシャ。
「こんにちは。お誕生日おめでとう。花束をどうぞ。それにプレゼントもあるんだよ」
「いいわね」
「今夜たぶん母さんの家に寄ると思うよ」
「こなくていいよ」

 

 校内放送「今日の訓練は現役軍人も指導に加わり兵役に必要な心構えを学びます」
(食堂で迷彩服で食事をとる兵士たち。)

 マーシャ「昨日兄が泣きながら連絡してきた。犠牲者が大勢出たって。」
「どういうこと?泣いてたの?」
「通信アプリに家族にあてたボイスメッセージが入ってた。僕は生きてる、大丈夫だよって。でも仲間がたくさん死んだと言ってた。最後には声が震え始めて……」
「お兄さん帰れないの?」
「帰りたがってる。なるべく早くここから離れたいって」
「戦線離脱が許される手続きとかはないのかな?」
「ないと思う。休暇だって無理みたいだし」
「お兄さんは契約で?それとも動員?」
「動員された」
「動員を免除してくださいとは言えないのかな?」
「だめ。もう軍は兄を戦線からはなしてくれないよ。本当にひどい。悪夢だよ。最悪。こわい」

 

 軍隊の映像 整列する兵士たちに向かい上官
「お前らは全員死ぬだろう。だがひとつ覚えておけ。母なるロシアはお前らを決して忘れない。全員の墓石に何百年先までも花がたむけられる。兵士ひとりひとりの名前が記念碑に刻まれる。永遠の炎がともされる」

 

 パシャ:ウクライナでの戦争は第二次世界大戦以来ヨーロッパでもっとも血生臭い戦いです。プーチンの戦略は2024年夏まで可能な限り多くの兵士たちを前線へ送るというものになっていきました。ロシアはゆっくりと占領地を広げています。あちこちで数平方キロメートルずつ。でもそのために膨大な数の命が犠牲になっています。
 それでもカラバシュからの新兵は不足することはありません。子供たちが学校で「愛国心」を叩き込まれているからです。
 誕生日にマクドナルドのポロシャツをもらったニキータを撮影したのが昨日のような気がします。

 

ニキータ、君の人生の新しい章が始まる。さらに男らしくなろうとしている。君が強く明るく元気でいるよう祈る。何か問題が起きたら僕たちはいつでも力になるよ。君のために乾杯」
「幸運を祈る」
「こう撃つんだ。正しく構えて4発」

 

 戻って来たら会おう、1年後に会おうと言いながら二度と戻らない男たちがいます。

 アルチョムは僕の友人でクラスメイトでした。彼も犠牲となった大勢の兵士のひとり。こうした死を政府は隠ぺいしようとしています。この戦争で命を落とした兵士の数は政府にとって高度な機密情報です。

 

 ロシア兵の葬儀の撮影は危険すぎます。でも僕は重要なことだと思うので音声を録音しました。
(2024年5月 カラバシュ共同墓地での音声録音)
 息子の名を叫び半狂乱になる母親。

 

 ウクライナでの状況が僕たちよりずっと大変だということは分かっています。それでもここでも戦争のせいで苦しむ人が増えています。そしてその心の傷は学校の至るところまで及んでいます。


 誰よりも優しい少年イーゴリは父親を亡くしました。学校の警備担当者クリスティーナは恋人を失いました。そして生徒たちの兄弟も大勢が危険にさらされています。マーシャの兄コスチャは動員されてウクライナへ派遣されました。彼は軍から脱走し必死で逃げ続けましたが捕らえられ前線に戻されました。
 数週間後マーシャから兄が亡くなったと聞かされました。

 

 お兄さんが恋しい?
 もちろん。みんな寂しがってる。

 

 お兄さんのことについてマーシャとはまだしっかり話せていません。そのことが心残りになっています。マーシャは自分の気持ちを気兼ねなく自由に語れる場所をいつも探していました。でも何かが変わってしまったようだと僕は認めざるを得ません。生徒たちは僕の教室に寄りつかなくなりました。民主主義の旗を掲げている男と一緒にいるところを見られたくないから来ないのです。

 

 でも生徒たちが僕を避けるのはおそらく正しい選択でした。ある日警察の車が僕のアパートの下に現れました。カラバシュのような小さな街でこれは不穏な事態です。万一に備えてハードドライブとパスワードを隠しました。ここが隠し場所(壁の中)。


 ロシアの人々、そしてカラバシュの町の人たちに僕が撮影した映像を見てもらいたいです。撮影した内容やそこで語っていることのせいで僕は間違いなくひどく殴られるか刑務所に送られるだろう。もしロシアが自由な国だったら、人々が言うべきことを言える自由のある国だったら、僕はここにいられるのに。
 これは、この脱出は……。

 

 僕は図書室へ行きます。別れの挨拶のようなものをするためです。
「母さんが本の修理をしているところを撮らせて」
「破れちゃってるの」
「何をしているのか教えて」
「表紙を付け直している」
「こうして母さんが本を直していることを誰か知ってるの」
「このことを子供たちに話してる」
「うちにある観葉植物を母さんの家に持っていくことにした。空いてる地面に植えるよ。聞いてる?」
「聞いてるよ」
「枯れてしまってもいいけどうまく根付けば嬉しいな。何を考えてるの」
「別に何も」

 

 母さんは僕がいなくなることに勘付いていると思いますが永遠に戻らないとまでは思っていないでしょう。愛する母さんにそれを告げることはとてもできません。

 

 自室で壁に貼ったものを外し、荷造りをして出ていく。

 

(カメラを固定し自撮り)
 僕はこの町のほぼすべてを愛している。灰色のソビエト風の建物が大好きです。銅の精錬工場から伸びるパイプが 迷路のように絡み合っているところが大好きです。
パイプパイプパイプだらけ。建物の壁から染み出た雨水が後になっているのも大好きです。雷や稲妻が大好きです。

 

 電話の声「出国について話しておきます。国境を越える前にメッセージアプリは削除して。持ち出す動画には十分用心して。落ち着いて。往復チケットを見せれば帰国すると思うはず。自分を信じて。あなたの行動は大きな反響を呼ぶでしょう」

 

夜 暗い中で
 僕がいなくなる前の最後の仕事です。卒業式のために若木を1本掘り出して校庭に植えます。新しい始まりの象徴です。

 

卒業式当日

 僕はまだカラバシュの初等中等教育学校で学校行事の担当者なので今日は卒業式を取りまとめなければなりません。卒業証書は印刷したしスピーチ原稿も用意しました。僕は全力を尽くしてこの仕事に取り組みました。

 在校生の送辞「運命を自分で切り開いて向かい風でも進んでください。たとえ険しい道であっても」

 

 パシャのスピーチ
 親愛なる友人の皆さん、卒業生の皆さん、保護者の皆さん、そして先生方。まもなく皆さんのお子さん達、皆さんの生徒たち皆さんの兄弟姉妹、そして皆さんの大切なご家族は学校の最後のベルを聞くことになります。


 それは卒業生の皆さんの真の大人としての生活の始まりを意味します。僕はこの機会を借りて伝えたいです。皆さんを我が親愛なる友と呼べることを。心から嬉しく思っていると。


 君たちがどのような道を歩もうと君たちの足元にはいつも揺るがない大地があることを僕は願っています。回り道もあるでしょう。登り坂や下り坂もあるでしょう。別れ道で選択を迫られることもあるでしょう。時には正義のため時には愛のために多くを犠牲にしなければならないこともあるでしょう。


 でも君たちには心の声に従って選択してほしい。僕は君たちを心から愛しています。これまでの数年間僕と共に歩んでくれて本当にありがとう。僕は君たちが大好きです。最後のベルが鳴るときが来ました。ありがとうございました。

 

 卒業式では誰もが同じ思いでした。これまでの生活に別れを告げ前に進まなければならない。でも何が待ち受けているかわからない。

 

 自室で荷造り中のパシャ「あれ?どこへ行っちまったんだ……」

 

 卒業生 卒業式で
「先生方の温かいご支援に感謝しています。いつも一緒に歩んでくださいました」

 

 パシャ 自宅で
「これが僕のパスポートです」

 

 僕らはもう一度ハグを交わした。地球上で最も汚染された街で。
 ウラル山脈の澄んだ空気を感じた。有毒なガスの合間から。

 

(生徒たちの合唱)
 我が愛する祖国は広大だ
 多くの森や原野が広がり川が流れる
 世界に2つとない国
 ここでは人が自由に息をすることができる
 世界に2つとない国
 ここでは人が自由に息をすることができる

 

(テロップ)
 2024年夏 パシャは卒業式の翌日 ロシアを脱出
 彼がロシアから持ち出した映像は学校と社会が戦時色に染まる過程を詳細に記録している

 

 

 

[補足]

 

BIDF 2026:ドキュメンタリー映画界のスターたちがブダペストに集結