真相の館 憲法の真相
放送日 2026年7月11日 Eテレ
日本国憲法が公布されて、今年でちょうど80年。
憲法は誰が守るものか?
日本のような民主主義の国では、基本的に憲法は国家権力が守るものとされている。
南野森(しげる 九州大学教授 憲法史、人権)
法律 国民を縛るもの。
憲法 国家権力を縛るもの。
基本的人権、生まれながらにして人間が持っている自由とか権利を憲法に書くっていうのがまず基本。
それは国家権力でもおかしちゃダメだよ、制約しちゃダメだよ、ということを国家権力に対して命じるということ。
そもそも憲法は最高法規といって、法律や条例などより上に位置するものです。
そのため憲法に違反する法律は作ることができません。
世界にはいろいろな国があり、それぞれに憲法がありますが、その中には「反省文」が隠れているんです。
どういうことなのか。
ケネス・盛・マッケルウェイン(東京大学教授 世界各国の憲法を比較研究 専門は比較政治学)
憲法を通して世界各国を見ていくと、なかなか知る機会のないその国の素顔が見えてきて、新しいものを学べるワクワク感というのがあると思います。
ドイツ
反省文という観点で欠かせないのはドイツです。
ドイツには2つの反省があります。
1つはナチスによるホロコースト。
600万人のユダヤ人をはじめ、数百万人が国家によって組織的に殺害されました。
ドイツの憲法にあたる基本法、その第1条にはこう書かれています。
人間の尊厳は不可侵である。
これを尊重し保護することが全ての国家権力に義務付けられている。(ドイツ連邦共和国基本法 第1条第1項)
国家による大量虐殺への反省から、人間の尊厳は決して侵してはならないと定めているのです。
ナチスはある人種は人間以下であるという論理によって虐殺を正当化しました。国家のために人間の権利を剥奪してもいい、その結果がホロコーストということで、これは許してはいけない。その論理を憲法の最初の一文で否定しています。
2つ目の反省は、ヒトラーがその権力を合法的に掌握したという事実です。
このことに対する反省が第20条に現れています。
1933年ドイツではある大統領令が発令されました(大統領緊急令)。それによって言論の自由や集会の自由など国民の自由が奪われてしまいました。
さらに首相だったヒトラーは全権委任法を成立させました。これは議会の承認を得なくても政府が法律を作ることができるようにし、さらにその法律が憲法に違反していてもよいとするものでした。
こうしてヒトラーは合法的に独裁体制を築いていったのです。
このことに対する反省が第20条に現れています。国家権力は国民に由来するものであることや憲法に違反する法律は作れない(「立法は、憲法的秩序に拘束される。」)ことなどが明記されていて二度と独裁が生じないようにしているのです。
さらに人間の尊厳を犯してはならないと定めた第1条と独裁を生じさせないための第20条は絶対に改正することができない永久条項とされています。
心配されているのはヒトラーのような新しい政治家だったりムーブメントが起こることです。国としてこれは絶対変えるべきではない。これはどんな状況でもこの国家が国家としてあるうちは触るべきではない、触ってはいけないという意味で永久条項にしているのだと思います。
インド
長い歴史への反省がポイント
インドは1947年にイギリスによる植民地支配から独立を果たしました。
そして自由で平等な民主主義の国を作っていくために新しい憲法を作りました。
マッケルウェイン:憲法15条がとても興味深いと思います。
法のもとの平等をうたい、差別を禁止している条文ですが、注目してほしいのはその詳しさです。
店舗だったり公衆食堂、レストラン、旅館やホテル、井戸、浴場、道路…
具体的な場所が一つ一つ列挙されています。
差別を禁止する場所が細かく書かれているのは、インド社会が長年抱えてきた負の遺産があったからです。
インドが独立したとき社会の最大の課題はカースト制度による差別でした。カースト問題というのはやはり歴史上3000年ほど前からあるとされていた身分制度です。
カーストは生まれた家によって人々を4つの身分に分ける制度で差別の温床となっていました。特にひどい差別を受けていたのが4つの身分にも含まれないダリットと呼ばれる人々でした。
ダリットの人々は村の共同井戸を使えなかった。川の沐浴場も別々だった。道路でさえ上位カーストの前を歩くことが禁じられた地域もありました。真の民主主義のためには一人一人が平等でないといけない。そのためにはカースト制度を社会の中からもなくさないといけない。だから差別が実際に行われていた場所を憲法の条文に一つ一つ直接書き込んだんです。
日本の憲法
南野:日本の憲法っていうのは非常に自由が多くたくさん書かれてるんです。
世界の国々の憲法と比べましてもこれは一つの大きな特色なんですが、もう一つは刑事手続上の人権という言い方をしますけれども、例えば逮捕された人とか被疑者、被告人になった人とか、そういった人々の権利というのが非常に細かく置かれているんですね。
日本国憲法の第3章には国民の権利と義務が31の条文にわたって書かれています。
そのうちの3分の1が刑事手続上の人権に関する記述です。
例えば第33条にはこう書かれています。
何人も現行犯として逮捕される場合を除いては、犯罪を明示する令状によらなければ逮捕されない。
また第36条にはこう書かれています。
公務員による拷問及び残虐な刑罰は絶対にこれを禁ずる。
南野:これは戦前に特別高等警察というのがありましたし、治安維持法ですよね。令状もなしに逮捕して裁判もせずにもう殺しちゃうみたいなことがあったということですよね。
かつて日本には政府の方針に従わない人や戦争に反対する人を取り締まる治安維持法がありました。それをもとに特別高等警察が市民を監視、数十万人が逮捕され千人以上が拷問などで命を落としたと言われています。
単にあいつは危険だとか単にあいつは政府批判をしすぎるとか今だったら絶対許されないような理由で一般市民の命がどんどん失われていったということですからこれは本当に中世みたいな暗黒社会が一部そこに残ってたわけですよね。
こういうものを二度と繰り返さないためにそういう歴史の反省に立って今の日本国憲法というのを作られてるんですね。
国家権力とか権力を握っている人っていうのは暴走するんですよ、歴史を見ると。我々国民の命を奪ったり我々国民の財産を奪ったり自由を奪ったりいろんなことをしてくるんですね。それが歴史を見ると明らかなのでそういう国家権力、王様が、大統領、政治家が我々に対して牙を剥かないように悪いことをしないようにそういう人々に歯止めをかける。そういう人々の権力を縛るっていうのが必要になるっていう風にみんな考えたわけですね。
憲法に書くのと法律に書くのは何が違う?
一般的に憲法には国家の根本的な政治の仕組みや守るべき人権が書いてあり、法律に比べて改正するのが難しいのです。
例えば日本の場合法律は衆議院と参議院で過半数の賛成が得られれば改正することができますが憲法は衆議院と参議院の両方で3分の2以上が賛成しさらに国民投票で過半数の賛成が得られないと改正することができないんです。
憲法の中には希望も隠れている
マックスウェイン:憲法というのは将来世代への約束だと思うんですよね。先人たちの過ちから未来の世代は同じようなことが起きないように託すバトンみたいなものもあるんでその希望がないとたぶん憲法っていうのはそもそも書けないというふうに思います。
<世界の憲法>
ブラジル
マッケルウェイン:第7条には労働者の権利として30以上の項目が書き込まれています。 (連続労働1日6時間、労働時間8時間、週44時間を超えない、残業割り増し手当は通常賃金の50%以上、出産休暇120日、など)
通常なら法律に書く内容が憲法に直接書かれている。
特に労働権に関してここまで書くのは他の憲法では私が知る限りないと思います。
ブラジルはアフリカから最も多くの奴隷が連れてこられた国です。奴隷の人たちはコーヒー畑やサトウキビ畑で酷使されていました。また20世紀には軍事政権が誕生。安い賃金で長時間働かされるなど長らく労働者の権利が守られてきませんでした。
ブラジル憲法は市民の憲法とも呼ばれています。これは単なる反省文ではありません。こういう社会ではいけないという否定に留まらず、こういう社会を作るという宣言を憲法の条文として書いた。細かい労働権はそのあるべき社会の青写真。そこで毎日生活する人にとって何が重要なのか、憲法が一つそれをいろんな形で表していると思います。
スペイン
スペインの言語的多様性は文化的遺産であり特別の尊重および保護の対象とする。(憲法第3条第3項)
公権力はスペインの諸民族の歴史的文化的および芸術的遺産の保護を保障し、かつその充実を図る。(第46条)
スペインは20世紀に内戦があり、多くの教会や修道院が破壊されました。またその後誕生した独裁政権の下では地方の文化や言語が弾圧されました。二度とそうしたことを起こさず多様な文化を未来に残していこうと憲法で宣言しているのです。
コスタリカ
高等教育を含む公教育に対する公的支出は年間の国内総生産額の8%を下回ってはならない。(コスタリカ共和国憲法 第78条)
コスタリカは軍隊よりも多くの教師をというスローガンを掲げ1949年に軍隊を廃止。若い世代の教育に希望を託したのです。
マッケルウェイン:私の基本にあるのは、世界の憲法を通して日本の憲法をよりよく理解すること。他国の憲法を見ると初めて自分の憲法の特徴がわかる。普段の景色が全く変わるので、ほんとに楽しい。
日本国憲法の中の大切な条文
南野:第12条に注目。憲法は国が守るものだが、12条では国民に対して次のように求めている。
「この憲法が国民に保証する自由及び権利は国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない。又、国民はこれを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。」
南野:不断の努力というのは非常に重い言葉だが、絶えずがんばれということですよね。国民一人一人が自分たちの権利、自由がきちんと守られているか、侵されていないかということを絶えずチェックしていくという警戒心みたいなものを怠ってはいけないということ。
人々がたえず憲法のことを考える世の中というのはどこかに不安があったり戦争の足音が聞こえたり自由が抑圧されているという問題意識があるからであって、みなが憲法に興味を持たないならばその社会は非常にうまくいっているということでもあると思うんですね。
ただね、権利っていうのは権利の上にアグラをかいていると気がつくとなくなっているということがあり得るもので今我々はなんというか非常に幸せな自由な社会に生きていますがそれが果たしていつまでも続くのか。そういう意味での想像力というのは皆さんに持ってほしいなと思うんですけれどもね。まあでもそういうことも含めてやっぱり12条の不断の努力ということが効いてくるんだと思いますね。